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お知らせ

校長Stevenの発売予定の新刊チラ見せ!

本日は校長Stevenが今年発売予定の新刊の内容を一部こちらで公開しちゃいます。
(アスカ出版、タイトル未定)

どうぞご覧ください。

多くの日本人は、川端康成の長編小説「雪国」(英語タイトル “Snow Country”)を知っているでしょう。特に冒頭の一文“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。”は、あまりにも有名です。この冒頭は想像力をかきたてます。
まず、トンネルから出てきたのが誰なのかまたは何なのか分かりません。多くの人は列車を思い浮かべるでしょうが、車でも馬に乗った人でもよいわけです。この文には主語がないので、トンネルから何がでてきたのかは読者の想像に委ねられます。
次に、もしトンネルから出てきたのが列車であるならば、主人公はその列車に乗っていて、窓から雪国を眺めている情景が想像できるでしょう。
私は「雪国」の英訳を読んだとき、冒頭の一文に驚きました。“The train came out of the long tunnel into the snow country.”原文とは異なり、あまり詩的に感じられませんでした。原文では、何がトンネルから出てきたのか書かれていませんでしたが、英訳では、出てきたのがはっきり列車だと書かれています。読者に想像する余地はありません。さらに、英訳は冠詞である“The” から始まっており、なんとなく事務的で情緒に欠けた印象を受けました。私の個人的な感想はひとまず置いておいて、この違いは英訳の善し悪しというよりも、2つの言語の根本的な違いが顕著に表れているよい例です。それは、英語は主語を明確にしなければならない言語で、日本語は主語があいまいでも、もしくは省略されても成り立つ言語という点です。翻訳者は「雪国」を英訳する際に、何がトンネルからでてきたのか、主語を明確にしなければならなかったのでしょう。
しかし、私が最も驚いたのは視点の違いです。英訳では、トンネルから出てくる列車を読者が外側、例えば丘の上から眺めているような視点です。
“The train came out of the long tunnel into the snow country.”
原文の視点では、読者は列車の中から雪国を見ています。
“国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。”
なぜ視点を変えてしまったのか、なぜ「国境」という言葉を英訳からは省いてしまったのか、翻訳者と話せるのなら質問してみたいです。

By Steven

いかがでしたでしょうか?
今後もStevenの新刊の内容から一部抜粋したものをお見せしていきます、お楽しみに!